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| <江戸時代後期> | 初代 | 藤屋清七が現在地で京菓子業を営む |
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| <慶応元年> | 二代 | 徳兵衛が京菓子司甘春堂と名して、当地で数多くの創作干菓子を作る。 |
| 三代 | 当主がせんべい全般を作る。 銘菓「野菜せんべい」ができる。 |
| 四代 | 当主が上生菓子を作り、社寺仏閣に茶菓子を御用達する。 |
| 五代 | 当主が和生菓子を修得。 戦時一時製造を中止するが、その後京菓子甘春堂の和菓子全般を作る事ができる現在の製造基礎を完成する。 |
| 六代 | 会社組織にし、百貨店に進出する。 販売会社甘春堂と製造会社七條甘春堂(弊社)に分社し、七條甘春堂が、従来の製造部門を全て受け継ぐ事となる。 |
| 当代 (七代) | 伝統に培われた技術を継承しつつ、新しい感覚と技術で真心の籠った菓子作りに日々精進、努力致しております。
近年では、あずきどうふ「京豆水」が、数多くのお客様よりご支持頂き、テレビ・新聞・雑誌等にも取り上げていただいております。
今後もお客様にご満足いただける、四季折々の京菓子を、伝統を壊すことなく創り続けて参ります。 |